文化・スポーツ

ヤマンバとだんご石

ヤマンバとだんご石むかしむかし、大塩(おおしお)の前山(まえやま)に、一人(ひとり)のヤマンバが住(す)んでいました。

 ある大飢(だいき)きんの年(とし)、村人(むらびと)は、秋(あき)になってもいくらも米(こめ)がとれず、食(た)べる物(もの)がないので、腹(はら)をすかし大変(たいへん)困(こま)っていました。

 ある日(ひ)、一人(ひとり)の坊(ぼう)さんが腹(はら)をすかしヨロヨロしながら、何(なに)か食(た)べるものがないかと、山(やま)へさがしに行(い)きましたが、食(た)べられる物(もの)はすべてとり去(さ)ったあとで、ひとかけらの食(た)べ物(もの)もありませんでした。そして、山(やま)をフラフラと疲(つか)れた体(からだ)を引(ひ)きずって歩(ある)いて行(い)くと、ヤマンバの家(いえ)の前(まえ)を通(とお)りました。

 ヤマンバは、大(おお)きな皿(さら)に大(おお)きなだんごをたくさん作(つく)って、それをうまそうに食(た)べていました。「おばあさん、おばあさん、私(わたし)にそのだんごをひとかけらでもいいから恵(めぐ)んでください。」と坊(ぼう)さんが頼(たの)むと、「だめだだめだ。これは、だんごのように見(み)えるが、だんごではなくて石(いし)のかたまりなんだ。お前(まえ)がお経(きょう)をよんでもこの石(いし)は絶対(ぜったい)だんごにならないんだ。さあ、とっとと帰(かえ)れ帰(かえ)れ。」と、すごいけんまくで追(お)い返(かえ)してしまいました。

 そして、まただんごを食(た)べようと大(おお)きな口(くち)で「ガブリ」とかじりつくと、「アイタタ、アーイター」と、とびあがってしまいました。さきほどまで、あんなにやわらかくうまかっただんごが、かたいかたい石(いし)のだんごに変(か)わっていたのです。それからは、ヤマンバの食(た)べる物(もの)はすべて石(いし)になってしまい、腹(はら)をすかしてとうとう死(し)んでしまったそうです。

 大塩(おおしお)の人(ひと)たちは、今(いま)でもその辺(あた)りを「ヤマンバガクボ」と呼(よ)んでいます。また、前山(まえやま)の峰(みね)よりの所(ところ)には、「だんご石(いし)」と呼(よ)ばれる白(しろ)い大(おお)きな丸(まる)い石(いし)がいくつも、だんごのように光(ひか)って見(み)えるそうです。

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