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朝日山(あさひやま)の炭やき太郎

朝日山の炭やき太郎 むかしむかし、力(ちから)の大変(たいへん)強(つよ)い、そして目(め)の非常(ひじょう)によくきく、炭(すみ)やき太郎(たろう)という若者(わかもの)が朝日山(あさひやま)のふもとに住(す)んでいました。太郎(たろう)は、遠(とお)くの山(やま)までそのよくきく目(め)で炭(すみ)にする良(よ)い木(き)をさがし、その力(ちから)でどんな所(ところ)からも木(き)を切(き)り出(だ)し運(はこ)び出(だ)してしまうので、できる炭(すみ)は良(よ)いものばかりで、炭(すみ)やき名人(めいじん)と仲間(なかま)から言(い)われていました。

 その日(ひ)も太郎(たろう)は朝日山(あさひやま)の頂上(ちょうじょう)から遠(とお)くの山(やま)を見下(みお)ろしていました。そして、普段(ふだん)は柔和(にゅうわ)な顔(かお)つきが、村(むら)の方(ほう)に目(め)をやるとけわしい形相(ぎょうそう)になり、そばにあった太(ふと)い大(おお)きな丸太(まるた)をあわててかつぐと、はやてのように山道(やまみち)をかけおり、途中(とちゅう)であった村人(むらびと)が声(こえ)をかけても「おらみだんだ。そごさ行(い)がねっけ。」と、ただならない表情(ひょうじょう)であっという間(ま)に走(はし)り去(さ)ってしまいました。

 そのころ、村(むら)では一人(ひとり)の若(わか)い娘(むすめ)が縄(なわ)をかけられ、庄屋(しょうや)に連(つ)れ去(さ)られようとしていました。そして、村人(むらびと)は「親父(おやじ)だけでなく、娘(むすめ)までせでっちまなんて、むごいごどするもんだ。」「年貢(ねんぐ)納(おさ)めねがらって親父(おやじ)せでって、今度(こんど)は娘(むすめ)まで縄(なわ)かげでせでぐなんて。」と、それを見(み)ながらヒソヒソと話(はなし)を交(か)わしていました。すると、山(やま)の方(ほう)からあの丸太(まるた)をかつぎ、けわしい形相(ぎょうそう)をして庄屋(しょうや)の屋敷(やしき)に向(む)かう太郎(たろう)の姿(すがた)が見(み)えました。村人(むらびと)はその表情(ひょうじょう)に驚(おどろ)き、太郎(たろう)の後(あと)をついて行(い)きました。

 そして、庄屋(しょうや)の屋敷(やしき)につくと、丸太(まるた)を両手(りょうて)で抱(かか)え込(こ)み、門(もん)に向(む)かって「ドーン」とつくと、門(もん)はぶち破(やぶ)られ、広(ひろ)い庭(にわ)に広(ひろ)げられた真(まっ)っ白(しろ)な米(こめ)の海(うみ)が見(み)えました。「おら見(み)だんだ。まったく悪(わる)い庄屋(しょうや)だ。新しい米(こめ)は入(はい)りぎんにほど蔵(くら)につまってんのに。そして、古(ふる)い米(こめ)に虫(むし)がつかねえようにって、こうだに虫干(むしぼ)ししてんのに。」と太郎(たろう)が言(い)うと、村人(むらびと)はいっせいに怒(いか)りの声(こえ)をあげ、娘(むすめ)の縄(なわ)を解(と)き、奥(おく)で米(こめ)つきの仕事(しごと)をさせられていた娘(むすめ)の親父(おやじ)を助(たす)けだし、悪(わる)い庄屋(しょうや)をこらしめました。

 そして、村(むら)はまた平和(へいわ)になり、村人(むらびと)に「あんたの目玉(めだま)は本当(ほんとう)にすごいもんだ。誰(だれ)が、いづ、どごで悪(わる)いごどしても、いづでもわがるように、いづでも代(か)わりににらんでくんちぇ。」と頼(たの)まれ、太郎(たろう)は息(いき)をひきとるまで、朝日山(あさひやま)の頂上(ちょうじょう)に毎日(まいにち)出(で)かけては、村(むら)の平和(へいわ)を見守(みまも)ったそうです。

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