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追分石
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追分石は、棚倉といわきを結ぶ旧街道のこの地点に、享保6年(1721年)に阿久津忠兵衛により立てられたと伝えられています。
碑の表面には、日輪に十一観音の「梵字」および「南無帰依三宝」と刻み、裏面下部に「江戸五十里、水戸弐十五里、京都百七十四里、仙台三十八里、会津弐十四里」と主要都市への距離が刻まれています。
阿久津忠兵衛は、折戸の住人で揉めごとの解決に当っていたといわれ、仕事の関係で主要都市へ旅した際、里数を調査したものと思われています。(忠兵衛は享保6年に折戸阿弥陀三尊像を祀る阿弥陀堂も建立しています。)
村内にはこれに類する道標の建碑はなく、貴重な文化遺産です。