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渡瀬村救荒修祭記碑
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天明3年(1783年)渡瀬村は高冷地のため長雨の被害を受けて、稲は稔らず餓死者の屍が野にあふれました。村外に出て行く者も多く、150余りあった戸数が5分の1まで減少し、田畑は著しく荒廃してしまいました。
しかし、村民は力を合わせて立ち上がり、荒廃した農地の復興に努力した甲斐があって、寛政元年(1789年)は大豊作となったため、餓死者の骨を埋め僧侶を頼んで供養しました。
また、天災は予期しないときに来るので、人々は平素から備えなければならないと後世の人々を戒めています。